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京都工芸繊維大学・寺田コレクション調査(2015年8月18日)

報告(井上直子)

2015年8月18日、京都工芸繊維大学美術工芸資料館研究員、上田文氏の協力により、昭和の京都で展開したプリント「銘仙」生産の実態に触れることができた。 京都の繊維業といえば、友禅染や西陣織のような江戸時代以前に成立した高級品産業が思い浮かぶが、実は明治以降、近代化に立ち向かうべく多様な模索が継続している。並木誠士、青木美保子、山田由希代「昭和初期京都における染色産業の一側面」(京都工芸繊維大学工芸学部研究報告「人文」第五十四号、113-130頁)に詳しいが、今回調査した機械捺染と化学染料を特徴とする「寺田資料」も、そうした試みの1つとして捉えられるだろう。
機械捺染の図案家として昭和初年から昭和60年まで活躍し、日本図案家協会副理事長もつとめた寺田哲朗(てつお)の創作ノートや作品(見本帳)、下絵からは、銘仙柄や大島紬、欧米イラストやアートなどの影響を受けて、時宜にかなった遊び心に富む図案を数多く生み出して行ったことが分かる。
需要に応える、という意味では、戦前戦中期の図案の面白さが際立つ。子供の着物用に飛行機や戦車、兵士といった模様や、「満(州)」「肉(弾)」「亜(細亜)」「征(服)」などの漢字を埋め込んだものが数多く見られるが、実際こうした「派手」な着物を戦前戦中期に着用した子供の姿など、映画やドラマで目にすることはないからである。戦後、1950年以降の着物ブームに乗って図案に対する需要は拡大した。需要の高さは日常的に図案家宅で取引していたという呉服屋や商社、捺染専門業者との関わりからも、容易に推察することが出来る。
寺田の作品を具体的に見ると、大島調、絣模様、絞り調、縞模様、格子柄、楊柳調など、繰り返し使われる技法があることに気がつく。特に規則正しく引かれた手描きの線によって表現する絣模様は秀逸で、伊勢崎などの銘仙柄を彷彿とさせる。これは機械捺染を支える銅ロールの彫刻技術の向上と表裏をなすという。作家の創意や技術に加え機械や染料の改良により、機械捺染の技術は一瞥しただけでそれとは判別できないレベルにまで引き上げられたのである。
今回、実物を見るだけでは生地の製造時期や繊維の種類(綿、ウール、スフ、絹紡糸)を特定できなかったし、ごく一部を除いて日本仕様の生地見本がどういった市場に向けられていたのか疑問が残る。前者はLCCG設立以来の関心にもつながる紡績技術の繊維横断的な性格を考察する上でも重要なポイントであり分析が待たれる。後者については商社関連資料などを併用しながら今後、実態解明を進める必要があるだろう。


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京都工芸繊維大学蔵